応援隊・支援員インタビュー「土と風‐地域を耕す人びと-2014-」  Vol.15南三陸町志津川地区

すばらしい歌津をつくる協議会震災復興支援部会 部会長 小野寺寛さん(66)
【プロフィール】1948年9月生。南三陸町出身。南三陸町役場に勤める。現在は、地域の歴史を伝える講師を務める。

南三陸町志津川地区復興応援隊 大學章浩さん(39)
【プロフィール】1975年5月生。大河原町出身。仙台市にて都市計画や住民に関わる企業に勤務。2014年6月より、応援隊となる。

南三陸町志津川地区の文化を
次世代へ引き継ぎ
“豊かに生きる”ための
まちづくりを目指す

地域の担い手育成プロジェクト
― どのような活動を行っているのでしょうか

大學さん「一般社団法人南三陸町復興推進ネットワークに所属し、主に、南三陸町NPO連絡協議会の発足準備や、遊休農地を水田として活用し酒造りを通した交流人口の増加や6次産業化を狙いとするおらほの酒づくりプロジェクトに関わっています。具体的には、NPO連絡協議会については、地域で活動する団体の方々へ連絡会の必要性についてのヒアリング調査を行っています。おらほの酒造りプロジェクトでは、米づくりに地域の若者、町外からのボランティアに関わってもらうため農業イベントの企画運営を行っています。」

小野寺さん「現在は『すばらしい歌津をつくる協議会震災復興支援部会』の部会長です。また、南三陸町の歴史を伝える講師をしています。以前は、歌津町(現在の南三陸町歌津地区)の役場に勤めていました。役場での仕事と同時に、青年団活動もしていたのですが、『地域を良くするには、役人の目線で地域を見るのではなく、地域に暮らす住民の目線を大切にしなければならない』と、立場の違う先輩団員たちに教わりました。その経験から自分の役割は、先人が築いたものを活かし、より良いものにして次の時代に引き継ぐことだと気付かされました。教わったことを心に留め、現在もまちづくりに取り組んでいます。」

一念発起し、企業から復興まちづくりの現場へ
― 大學さんが応援隊になったきっかけを教えてください
大學さん「2014年9月まで、仙台市で都市計画や住民サービスに関わる仕事をしていました。震災直後は、がれき撤去や力仕事、被災地の子供たちと一緒にフットサルを行うというようなボランティアにも参加しました。そのような経緯から、より住民と関わる復興まちづくりを、自分の仕事としてやってみたいと思ったのがきっかけです。私は2015年に40歳になります。一つの区切りとして地域の方の役に立つ活動がしたいと思い、東日本大震災から時間は経ってしまいましたが、一念発起し応援隊に応募しました。」

― おふたりの出会いのきっかけはどのようなものでしょうか
大學さん「実は、小野寺さんの息子さんが、同じ団体に所属する応援隊の仲間なのです。そのつながりで、ご自宅にお招きいただいたのが出会いのきっかけです。」

小野寺さん「始めは何者が来たのかなと思いました。話を聞くと、これまでの仕事で共通点が多いことも分かり会話が弾みました。私としても良い出会いだったと思っています。」

大學さん「その後、南三陸町NPO連絡協議会の準備のためのヒアリングでお話を伺い、米づくりで何度も顔を合わせるなど多くのご縁があり、大変お世話になっています。」

若者の一生懸命な米づくりの姿勢が、地域に交流を生み出す
― 応援隊が地域にもたらした影響は、どのようなものがありますか

小野寺さん「米づくりに関しては、若者たちが一生懸命農作業している姿を見て、地域の高齢の人たちは感動したと思います。

プロジェクトで活用している田んぼは、山の中にあります。山間部は、平地と比べて一人暮らしの高齢者が多いのですが、その中で見たことのない顔ぶれの若者が、毎日毎日、行き来している。季節外れの農作業だったこともあり、地域住民は活動を、最初の内は冷ややかに見ていました。しかし、若者がボランティアを巻き込み一生懸命取り組んでいる姿に、皆驚き感動したんですね。それまで距離を取っていた地域の人々も、徐々に『ああやったほうがいい』『こうやったほうがいい』とアドバイスし始め、たくさんの教師が登場しました。」

大學さん「農地周辺地域の“にぎわい”がほぼゼロだったところから、農業によって人の交流を生み出すことができたのかなぁと思っています。10年後20年後へつなげるため、これからも活動していきたいです。」

担い手のために、最終的には活動のパッケージ化を
― これからやっていきたいことはありますか
大學さん「おらほの酒づくりプロジェクトで米づくりに関わり、農業の大変さや価値を身を以て知ることができています。新しい視点で農業を見ることができるようにもなりました。今後の目標は、1年間、3年間、5年間といった期間毎に、遊休農地で行ったプロジェクトをパッケージとしてまとめることです。次世代の担い手に引き継ぐまでが、応援隊の業務であり使命だと思っています。我々が作ったものが近い将来、町役場などに資料として置いてもらえるようになるのが理想です。」

― これからの展望はありますか
大學さん「南三陸町の資源を、次の世代に引き継いでいきたいです。資源には、人、モノ、カネ、情報、伝統文化、産業などたくさんありますが、一番大切なのはやはり人だと思います。南三陸町の方々とお話すると、どの方からも“このまちで生きる”という覚悟を感じます。今後、高台移転や復興公営住宅ができ、これまでとはまた環境ががらりと変わります。地域を誇りに思う気持ちが揺らがないように、住民の方々の目線に立ったお手伝をしていきたいです。南三陸町がもともと持っている“豊かさ”をできるだけ多くの人に、つなぐ、引き継ぐ、伝える、といったお手伝いをしていきたいです。」

小野寺さん「大學さんは、農家や被災者の生き様に感動し、南三陸町を少しでも良くしたいと思い活動しています。その情熱がすごいなといつも思っています。応援隊の活動を通じ、大學さん自身の“豊かな”生き方を考えてほしいです。今後もよろしくお願いします。」

以上

2014年12月取材

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