応援隊・支援員インタビュー「土と風‐地域を耕す人びと-2014-」  Vol.1石巻市雄勝地区

「土と風‐地域を耕す人びと-2014-」
地元の人と、外からやってきた人が復興応援隊・地域支援員として一緒になって地域づくりに取り組んでいます。もともとその地にある「土」と、外から吹く「風」、二つの視点から宮城の復興や新しいまちづくりにフォーカスします。

伊達の黒船太鼓保存会会長・神山正行さん(47)

〔プロフィール〕1967年5月生まれ、石巻市雄勝町出身。同地区の仮設商店街「おがつ店(たな)こ屋街」内で「神山商店」を営む。

雄勝の郷土芸能「伊達の黒船太鼓保存会」会長。

石巻市雄勝地区復興応援隊・四倉由公彦(ゆきひこ)さん(31)

〔プロフィール〕1983年7月生まれ、石巻市千石町出身。父親が雄勝の特産である「雄勝天然スレート(東京駅などの屋根材)」に関わる仕事を

手掛けており、子どものころから雄勝に親しんでいた。2014年5月から雄勝地区復興応援隊。「伊達の黒船太鼓保存会」メンバー。

郷土芸能の活動通じ

魅力を内外に発信

地域に根付く太鼓の響き

─どのような活動をなさっているのでしょうか。

神山さん 「店こ屋街で復興市などのイベントを運営するほか、『伊達の黒船太鼓』という創作和太鼓の演奏団体の会長を務めています。

メンバーは10人。町内外のイベントなどで雄勝の歴史や風土をモチーフにした創作組曲を披露し、文化の発信と地域の活性化につなげています」

四倉さん 「雄勝地区復興応援隊は、復興市など雄勝町内のイベントの運営サポートや雄勝の情報を発信する『月刊おがつ』の発行などに取り組んでいます。郷土芸能の広報も仕事の一つで、『伊達の黒船太鼓』の活動も支援しています。ぼく自身も保存会のメンバーとして活動しつつ、ウェブサイトを作ったり、公演先で月刊おがつを配布したりと発信のサポートをしています。応援隊は自分の特技や経験を生かすことのできる仕事だと思っています」

─応援隊になったきっかけは何でしょうか。

四倉さん 「そもそもの始まりが黒船太鼓と神山さんなんです。ぼくは震災前から音楽活動をしています。ある時、神山さんと共演させていただく機会があり、黒船太鼓の大ファンになったんです。お祭りや神楽がもともと息づいていた土地の人々だからこそ響す(?)ことのできる、土着の魂を感じました」

神山さん 「最初は変わった奴が来たなあと思ったよ。何だか変な木の棒を持っていて、不思議な格好をして」

四倉さん 「オーストラリアの民族楽器を抱えてましたね。」

神山さん 「ユッキー(四倉さんの愛称)は、なかなか石巻にいないタイプ」

四倉さん 「『肉体派文化系』です(笑)」

「たたいて、自分が元気になった」

─震災後、黒船太鼓のメンバーはどのようにして活動を再開されたのでしょうか。

神山さん 「メンバーは全員無事でしたが、自宅や職場を失いました。私も自宅を流されて仙台に避難していましたしね。正直、太鼓どころではありませんでした。再開しようと言い出したのはユッキーなんです」

四倉さん 「 震災の年の5月、雄勝天然スレートが東京駅に出荷されるかどうかの検証がテレビで取り上げられた時、メンバーが少しだけ太鼓をたたく機会があったんです。流された太鼓をみんなで探しに行って。すると近くの避難所からわざわざ出てきて聞いてくれる人がいて。その様子を見て、黒船太鼓をこの地域に残したいと強く感じました。それで神山さんに、活動の再開を提案したんです」

神山さん 「私は無理だと断りました。衣装も流されましたしね。でも、ユッキーはしつこかった(笑)。何度断ってもあきらめませんでした。

そのうちユッキーの発信がきっかけで支援してくださる方が出てきて。県内外で演奏させてもらい活動を再開することになったんです。黒船太鼓はもともと地域の活性化のために生まれたものですが、再開によって雄勝の今を発信する役割を担えるようになりました。何より、たたいて自分たちが一番元気になった」

四倉さん 「それは良かったのですが、再開後の活動が進みませんでした。当然ですよね、みんな被災しているのですから。唯一動けるのは自分でしたが、ぼくは雄勝の人間ではない。黒子に徹するべきだと思ったり、中に入っていく必要があると思ったり。悩みました。

メンバーとの飲み会でも遠慮がちにしていたら、『ユッキーはもうメンバーでしょ』と声を掛けてもらったんです。それで決心が付き、活動に加わりました。”郷土芸能”の太鼓をやるなら、もっと雄勝のことを知らなければ。そう思って応援隊にも入りました」

神山さん 「大変だからやめておけって、何度も止めたんだけどね(笑)」

「よそ者」の視点を生かす

─応援隊がいることで、地域にもたらされたものはありますか。

神山さん 「若者が少ない地域なので、やる気と能力のある人材がいることは大きな助けになっています。現在4人いる応援隊のうち、ユッキーともう1人は町外出身者。彼らの視点を意識することで、さまざまなことがフラットに見えるようになりました。住民はみんな刺激を受けています」

─地域の現状と今後にかける思い、応援隊へのご意見・ご期待を聞かせてください。

神山さん 「雄勝は復興住宅の整備や一部の高台移転などが進んでいます。ですが、中心部の復興は遅れています。いったん離れた住民が戻ってきてくれるかどうかも分かりません。せめて祭りやイベントの時期には人が訪れてくれる地域にしたい。月刊おがつをはじめとする情報の発信はとても大切です」

四倉さん 「雄勝の人は面白いことが好きなんです。石巻に合併前の広報誌で知った過去のイベントなんですが、木の板を海に浮かべて自転車で走ってみたり、海の上でクレーンにつるされた丸太にどれぐらいつかまっていられるかを競ってみたり、『何それ!?』って思うことをやっているんですよね。明るくてチャレンジ精神旺盛。その面白さを伝えていきたいです」

神山さん 「ユッキーのように、雄勝を面白がって発信してくれる人が増えたら嬉しいですね」

─これからの目標は。

四倉さん 「これまで関われなかった住民の方とのつながりをどのように作っていくか、考えています。ニーズをくみ取り、具現化するために、地道な活動を続ける必要があります。それができれば、応援隊でなくなった後もこの地域に関わっていけるでしょう。自分は良くも悪くもよそ者。だからこそ、人と人の間にスポッと入りやすいポジションにいると思いますし、雄勝にしかない大事なものに気付いて内外に伝えることができます。

特性を生かして地域の住民のハブになりたいです」

以上

2014年11月取材

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